— Twitter / mefamanagement: 『能力を持った人は努力する人に勝てない。努力する人は楽しむ人 …
— Twitter / shh7 ひらめきメモ (via mcsgsym)
(元記事: capybara-is-watching (kotoripiyopiyoから))
電話の声が素敵だね、とか
笑った皺がかわいいね、とか
お茶碗の洗い方が丁寧だね、とか、
ほんとにもうなんでも、どんな小さな、ささいなことでもよくて、
「他人」という目線でそのひとの素敵なポイントを見つけて、
言葉にして手渡してあげることだと思っています。
ひたすら相手のいいところを見つけて言葉で肯定し続ける、
その積み重ねは自信になって、その自信はわたしがいなくなっても
わたしの大切なひとをつらいことから守る盾になってくれると思っています。
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こういう考え方が欠けていた。
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中身がクラウドになってしまうと、あとはアップルの強みはハードウェアの美しさだけになってしまう。これはちょっと苦しいかもしれない。"
— iPad miniでアップルの「ぶっちぎり感」がないのはクラウドのせい - Tech Mom from Silicon Valley
「選んでもらうための勉強」「選んでもらう作戦」。
そういうのばっかり発達してきたんじゃない?
それは、恋愛やら結婚やらのことばかりじゃなく、
仕事のことや人生のこと全般に言えるように思う。
まずは「こっちが好きなんだ」ということが、
出発点になるんじゃないか。
ま、かなりの確率で玉砕したり笑われたりもするけど、
それはもう、そういうものですよ、コストだ。
さんざん「完璧に選んでもらえる人」になっても、
選ぶのが相手であるかぎりは、外れるんです、基本。
さらに言えば、「もっと完璧な人」に敗けます。
忘れるな、「松田聖子の教え」、こっちから行けだ。"
信頼できる方はたくさんおられます。考え方や検討のプロセスをある程度きちんと説明する方というのは、判断基準として重要だと思います。あとは、なんだろうな。「信頼できる話」っていうのは、割と淡々とやって来ますよね。
――淡々とやって来る?
淡々とやって来る。そして、「信頼できない話」は、大声でやって来る。糸井重里さんが、誰を信頼するかっていったら、なるべく脅かさない人だとか、なるべくユーモアがある人だとか書いていらっしゃったんだけど、こういう見方は判断の基準として意外に正しいんじゃないかと思います。声が大きくて脅すようなことを言っている人たちの主張はたいてい科学的におかしい。
"— 「信頼できない話は大声でやって来る」 科学者、菊池誠さん<「どうする?原発」インタビュー第6回>(3/4ページ) | ニコニコニュース (via katoyuu)
(kotoripiyopiyoから)
思わず「素晴らしい!」と声がもれた。
次に発表する男性も感動にうるんでいた。 人を揺さぶり、奮い立たせる表現とはどういうものか? うまい話に、人は感動するのではない。
キャパシティが大きければ、人が動くというものでもない。 なけなしの勇気、
惜しみなくぜんぶを差し出す表現。 そんな表現に触れたとき、
こんなにも揺さぶられ、腹の底から奮い立たされるのだ
ということを改めて思い知らされた。"